飛ぶ教室
飛ぶ教室
飛ぶ教室を観た人の感想
後を引く子役の演技 ケストナーの精神が今も
この映画の素晴らしさは何といっても少年達のいきいきした演技。前半の楽譜を通学生グループに奪われ、その罰が決まるまでのくだりは、五人の主役の少年達の紹介にとどまらず、彼等の魅力が全開になり原作以上のでき。芸術家はだのヨナタン、優秀で正義感のマルチン、ボクサー志望のマッツ、気の弱いウーリー、科学者はだのセバスチャンとそれぞれの魅力が発揮されている。後半は原作同様、この五人のエピソードと「飛ぶ教室」という劇にまつわる話ではあるが、少々焦点がボケてしまった感がある。
原作の後半はクリスマスの贈り物をテーマにしているが、映画では後半のテーマがはっきりせず、分散気味なのが残念。だが、みんなが慕う正義先生と禁煙マンとの関係が東西ドイツの分断に置き換えられてより重みが増している点は現代風でより身につまされ現実感がある(原作ではこの二人の関係が今ひとつわかりにくいと思う)。
原作では後半マルチンの苦悩がかなりのウェイトで描かれており、この件でかなりの人たちが翻弄されるが、苦悩の原因を「両親の離婚」にしてしまったことから、このエピソードのウェイトがかなり小さくなっている(マルチンの苦悩を知りたい人は是非原作を)。そのため、ラストの流れ星への願いが軽くなっている(映画ではヨナタンが願うが、原作はマルチンが願う)。
原作との比較をするといろいろ良し悪しが出てくるが、この映画の第一の魅力は躍動的に描かれる少年達。彼等の演技はストーリーの欠点を十分補ってくれるほど良い。何故か何度も見たくなる魅力がある。また、第2次世界大戦前の1933年の原作の精神が今も色あせていないのは素晴らしい。今も昔も、子供の苦悩は変らないのか。
「ビヨンド・サイレンス」のニキ・ライザーの音楽はラップの部分より、メインのピアノのテーマがもの悲しくて良い。わたしはコピーして今でもピアノでよく弾いている。
シリーズ化できたのでは
このキャスティングは完璧です。どの大人も子供も犬さえもいい。
上手です。変な子役ぶったところがなく、あるところ単純かつ繊細で素晴らしい。
ですがあまりに大きなエピソードを2時間に入れすぎているように感じました。
テレビ演奏会での事件、先生の過去、演劇会の事件、弱虫じゃない証明。
せっかくの先生の積年の感動場面が、簡単に済んでしまいます。
テレビ演奏会での事件と、演劇会での話。
この二つは完結性があり、主人公もテーマも違う。
魅力的な俳優陣なので、別けて第一作、第二作にしてもよかった。
しかしドイツの子供達はやることが激しい。本気で戦います。
命をかけて証明しようとします。
可愛らしい顔をしているのに
怪我なんか気にしてもいないところが、逆にすがすがしい映画です。
ケストナーも笑うドイツ語ラップ!
絵で言えば、黒を全く使わずに描いた友情群像。子供は傷つきやすくヘコみやすい反面、いい友達がいれば大抵のことは乗り越えられる不思議な強さを持っている。原作者はもちろん監督が注目したのも、子供の不幸や不運の詳細ではなく、この不思議に前向きな抵抗力の方である。現代物に作り替えたからと言って「お約束」のように家庭崩壊や少年犯罪テーマを持ち込まず、陳腐な社会派児童劇に流れないのがよかった。賞狙いとは無縁の所で製作者側も思いっきり子供に返って真剣に哀しんだり、飛びっきりフェアなおとなになって子供と心を通い合わせたりしている。その結果、点子ちゃんよりもエミールよりも、本作の子役たちが一番現実のドイツの少年少女に近い伸びやかで自然な演技をしている。(それだけに末恐ろしい?)また、音楽と場面のマッチングはケストナーの映画化作品中ピカイチ。バッハのオラトリオと雪合戦がこんなにピッタリくるとは!(が、思えばどちらも典型的なクリスマスの風景だ。原作が書かれた当時も今も。) ハリウッド映画やラップのアメリカン・カルチャーにドップリ影響された「壁を知らない子供たち」を、ヤレヤレという感じでちょっぴりからかい気味に、でも意地悪でなく撮っている監督の視線にベック先生に通じる寛大さと温かさを感じる。子供と「友達になれるおとな」の頼もしい包容力を。ケストナーはドイツ人離れしたユーモア感覚が光る作家だった。掛け値なしのナンセンスに大笑いする能力もあった。この映画を観せたら、今時のドイツの坊ちゃんラッパーを大いに気に入ったかもしれない。二度続けて観たあと、今年のクリスマス・プレゼントはこれに決めました。
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定価: \3,990 販売価格: \3,990 人気ランキング: 16316位 おすすめ度: 発売日: 2004/08/25 発売元: 松竹 発送可能時期: 通常24時間以内に発送 |
後を引く子役の演技 ケストナーの精神が今もこの映画の素晴らしさは何といっても少年達のいきいきした演技。前半の楽譜を通学生グループに奪われ、その罰が決まるまでのくだりは、五人の主役の少年達の紹介にとどまらず、彼等の魅力が全開になり原作以上のでき。芸術家はだのヨナタン、優秀で正義感のマルチン、ボクサー志望のマッツ、気の弱いウーリー、科学者はだのセバスチャンとそれぞれの魅力が発揮されている。後半は原作同様、この五人のエピソードと「飛ぶ教室」という劇にまつわる話ではあるが、少々焦点がボケてしまった感がある。
原作の後半はクリスマスの贈り物をテーマにしているが、映画では後半のテーマがはっきりせず、分散気味なのが残念。だが、みんなが慕う正義先生と禁煙マンとの関係が東西ドイツの分断に置き換えられてより重みが増している点は現代風でより身につまされ現実感がある(原作ではこの二人の関係が今ひとつわかりにくいと思う)。
原作では後半マルチンの苦悩がかなりのウェイトで描かれており、この件でかなりの人たちが翻弄されるが、苦悩の原因を「両親の離婚」にしてしまったことから、このエピソードのウェイトがかなり小さくなっている(マルチンの苦悩を知りたい人は是非原作を)。そのため、ラストの流れ星への願いが軽くなっている(映画ではヨナタンが願うが、原作はマルチンが願う)。
原作との比較をするといろいろ良し悪しが出てくるが、この映画の第一の魅力は躍動的に描かれる少年達。彼等の演技はストーリーの欠点を十分補ってくれるほど良い。何故か何度も見たくなる魅力がある。また、第2次世界大戦前の1933年の原作の精神が今も色あせていないのは素晴らしい。今も昔も、子供の苦悩は変らないのか。
「ビヨンド・サイレンス」のニキ・ライザーの音楽はラップの部分より、メインのピアノのテーマがもの悲しくて良い。わたしはコピーして今でもピアノでよく弾いている。
シリーズ化できたのではこのキャスティングは完璧です。どの大人も子供も犬さえもいい。
上手です。変な子役ぶったところがなく、あるところ単純かつ繊細で素晴らしい。
ですがあまりに大きなエピソードを2時間に入れすぎているように感じました。
テレビ演奏会での事件、先生の過去、演劇会の事件、弱虫じゃない証明。
せっかくの先生の積年の感動場面が、簡単に済んでしまいます。
テレビ演奏会での事件と、演劇会での話。
この二つは完結性があり、主人公もテーマも違う。
魅力的な俳優陣なので、別けて第一作、第二作にしてもよかった。
しかしドイツの子供達はやることが激しい。本気で戦います。
命をかけて証明しようとします。
可愛らしい顔をしているのに
怪我なんか気にしてもいないところが、逆にすがすがしい映画です。
ケストナーも笑うドイツ語ラップ!絵で言えば、黒を全く使わずに描いた友情群像。子供は傷つきやすくヘコみやすい反面、いい友達がいれば大抵のことは乗り越えられる不思議な強さを持っている。原作者はもちろん監督が注目したのも、子供の不幸や不運の詳細ではなく、この不思議に前向きな抵抗力の方である。現代物に作り替えたからと言って「お約束」のように家庭崩壊や少年犯罪テーマを持ち込まず、陳腐な社会派児童劇に流れないのがよかった。賞狙いとは無縁の所で製作者側も思いっきり子供に返って真剣に哀しんだり、飛びっきりフェアなおとなになって子供と心を通い合わせたりしている。その結果、点子ちゃんよりもエミールよりも、本作の子役たちが一番現実のドイツの少年少女に近い伸びやかで自然な演技をしている。(それだけに末恐ろしい?)また、音楽と場面のマッチングはケストナーの映画化作品中ピカイチ。バッハのオラトリオと雪合戦がこんなにピッタリくるとは!(が、思えばどちらも典型的なクリスマスの風景だ。原作が書かれた当時も今も。) ハリウッド映画やラップのアメリカン・カルチャーにドップリ影響された「壁を知らない子供たち」を、ヤレヤレという感じでちょっぴりからかい気味に、でも意地悪でなく撮っている監督の視線にベック先生に通じる寛大さと温かさを感じる。子供と「友達になれるおとな」の頼もしい包容力を。ケストナーはドイツ人離れしたユーモア感覚が光る作家だった。掛け値なしのナンセンスに大笑いする能力もあった。この映画を観せたら、今時のドイツの坊ちゃんラッパーを大いに気に入ったかもしれない。二度続けて観たあと、今年のクリスマス・プレゼントはこれに決めました。