ボウリング・フォー・コロンバイン
ボウリング・フォー・コロンバイン
ボウリング・フォー・コロンバインを観た人の感想
アメリカンは疲れる
アメリカンと話していると疲れる。やたら理詰めなのだが,論点がズレすぎていて,どこから指摘して良いのかわからないのだ。
逆に,カナディアンと話すと,安心する。知人は「殺人は悪いことだから,銃で人を殺さなければ良いのよ」と言っていた。聞いた自分の頭が悪い気分である。
アメリカンは,まず権利やらなにやらを引き合いにだす。彼らはマスメディアや教育によって,銃への定説を身につけている。しかしその矛盾点には気づかないから(内心気付いているのか?),ムーア氏が指摘しても,思考を放棄してしまうのだ。
アメリカには狂気的何かがある。ムーア氏はそれに真っ向から立ち向かい,救済を試みた人である。
アメリカは健全だ。日本はどうだ?
コロンバイン高校、高校生が銃を乱射。12名の生徒と1名の教師が死亡、数十名が負傷。
犯人の高校生二人は自分たちを撃ち自殺。結局なぜ乱射をしたのかわからない。
日本39人、オーストラリア65人、英国68人、カナダ165人、フランス255人、ドイツ381人、
米国11,127人。これ何の数字?
そう、これはある年の一年間に銃で死んだ人数なんだそうだ。
「誰でも銃を所持できるような法律が悪い。銃の所持を制限する法律を制定すべき」と
あなたは思うかもしれない。そう、普通はみんなそう思う。
「本当にそうなの?」マイケルムーア監督は自ら調査・取材・街頭インタビューなどを
通して「銃による死者が多い本当の理由」を明らかにしていく。
原因は一つではないが、視聴率至上主義のマスコミが視聴率が取れる「ショッキングな
ニュース」を流そうと懸命な努力をしており、その結果として一般市民の恐怖が煽られ、
「黒人は何をするか判らない」という幻想を抱かされていること。また銃器メーカー
が「銃が売れなくなること」を阻止するために「銃がないと安全はどうなる?」と恐怖
で一般市民を洗脳しようとしていることなどが描かれている。
ちなみに一般家庭における銃の所持数については銃死者165人のカナダと同1万人の米国
でさほど違いはない。原因が「銃の所持」だけではないことを示している。
この映画を見て「アメリカ人でなくてよかった」なんてホッとしている日本の皆さん。
いま日本がどんどん「米国化」しているのを感じませんか?「経済至上主義」「視聴率
至上主義」。10万人当りの年間自殺者は米国12人に対して日本は25人ですよ。
しかし日本ではマイケルムーアのようにその原因を深く掘り下げて国民の前に明らかに
しようとするジャーナリストはいないように見えます。
マイケルムーア監督の映画を製作し、上映できる(アカデミー賞も授与できる)アメリ
カという社会のなんと健全なことか!
考える種をくれる貴重な作品
マイケル・ムーアに乗せられないよう注意してみた。ドキュメンタリーといえど、何を見せ、何を見せないか、は監督の判断次第なのだから、盲信は危険だ。で、結論として、多少の誇張(例えば、カナダでみんなが鍵を掛けないように見えること)もあるが、かなりの信憑性がある作品だと思った。
なんといってもパワーがあるのは、数字に基づく事実の列挙だ。もう一つの銃保有大国カナダとの銃殺数の莫大な開きを見せられては、いかに懐疑的な私でも、「何故こうなるのか!」と思わざるをえない。ムーアはその答えを求めてさ迷い歩く。その間に会って話しをする人たちのセレクションが面白い。「トンでも危険分子」と思われているマンソンは、シャープな分析を披露し、「モーゼ様」がライフル集団の広告塔になっていて、「死んでも銃は離さないゾ」などと息巻いている。(因みに彼はアルツハイマーをわずらっている)
ただ、そのセレクションが、銃大賛成派OR大反対派の両極なのが多少不満だ。アメリカには「わかっちゃいるけどやめられない」という、優柔不断な中間層はいないのだろうか?
これで確実に分かったことが一つある。それは「危険を煽って得をする人」がいることだ。その集団に「ものの考え方」まで操られるアメリカ人の姿は、我々と無関係ではない。アメリカって怖い、と思うその目で、我々も自分の国を眺めるのもよさそうだ。
蛇足:ム―アの映画サイトでのコメント。「私はアメリカの悪口を言っているように思われているけど、アメリカ人を愛している。彼らは言いたいことをいい、分かり易い。何を考えているか分からない日本人よりずっと理解できる」・・・監督、その日本人が、あなたの映画をこんなに真剣にみてることご存知でしたか?
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定価: \4,935 販売価格: \3,955 人気ランキング: 13231位 おすすめ度: 発売日: 2003/08/27 発売元: ジェネオン エンタテインメント 発送可能時期: 通常24時間以内に発送 |
アメリカンは疲れるアメリカンと話していると疲れる。やたら理詰めなのだが,論点がズレすぎていて,どこから指摘して良いのかわからないのだ。
逆に,カナディアンと話すと,安心する。知人は「殺人は悪いことだから,銃で人を殺さなければ良いのよ」と言っていた。聞いた自分の頭が悪い気分である。
アメリカンは,まず権利やらなにやらを引き合いにだす。彼らはマスメディアや教育によって,銃への定説を身につけている。しかしその矛盾点には気づかないから(内心気付いているのか?),ムーア氏が指摘しても,思考を放棄してしまうのだ。
アメリカには狂気的何かがある。ムーア氏はそれに真っ向から立ち向かい,救済を試みた人である。
アメリカは健全だ。日本はどうだ?コロンバイン高校、高校生が銃を乱射。12名の生徒と1名の教師が死亡、数十名が負傷。
犯人の高校生二人は自分たちを撃ち自殺。結局なぜ乱射をしたのかわからない。
日本39人、オーストラリア65人、英国68人、カナダ165人、フランス255人、ドイツ381人、
米国11,127人。これ何の数字?
そう、これはある年の一年間に銃で死んだ人数なんだそうだ。
「誰でも銃を所持できるような法律が悪い。銃の所持を制限する法律を制定すべき」と
あなたは思うかもしれない。そう、普通はみんなそう思う。
「本当にそうなの?」マイケルムーア監督は自ら調査・取材・街頭インタビューなどを
通して「銃による死者が多い本当の理由」を明らかにしていく。
原因は一つではないが、視聴率至上主義のマスコミが視聴率が取れる「ショッキングな
ニュース」を流そうと懸命な努力をしており、その結果として一般市民の恐怖が煽られ、
「黒人は何をするか判らない」という幻想を抱かされていること。また銃器メーカー
が「銃が売れなくなること」を阻止するために「銃がないと安全はどうなる?」と恐怖
で一般市民を洗脳しようとしていることなどが描かれている。
ちなみに一般家庭における銃の所持数については銃死者165人のカナダと同1万人の米国
でさほど違いはない。原因が「銃の所持」だけではないことを示している。
この映画を見て「アメリカ人でなくてよかった」なんてホッとしている日本の皆さん。
いま日本がどんどん「米国化」しているのを感じませんか?「経済至上主義」「視聴率
至上主義」。10万人当りの年間自殺者は米国12人に対して日本は25人ですよ。
しかし日本ではマイケルムーアのようにその原因を深く掘り下げて国民の前に明らかに
しようとするジャーナリストはいないように見えます。
マイケルムーア監督の映画を製作し、上映できる(アカデミー賞も授与できる)アメリ
カという社会のなんと健全なことか!
考える種をくれる貴重な作品 マイケル・ムーアに乗せられないよう注意してみた。ドキュメンタリーといえど、何を見せ、何を見せないか、は監督の判断次第なのだから、盲信は危険だ。で、結論として、多少の誇張(例えば、カナダでみんなが鍵を掛けないように見えること)もあるが、かなりの信憑性がある作品だと思った。
なんといってもパワーがあるのは、数字に基づく事実の列挙だ。もう一つの銃保有大国カナダとの銃殺数の莫大な開きを見せられては、いかに懐疑的な私でも、「何故こうなるのか!」と思わざるをえない。ムーアはその答えを求めてさ迷い歩く。その間に会って話しをする人たちのセレクションが面白い。「トンでも危険分子」と思われているマンソンは、シャープな分析を披露し、「モーゼ様」がライフル集団の広告塔になっていて、「死んでも銃は離さないゾ」などと息巻いている。(因みに彼はアルツハイマーをわずらっている)
ただ、そのセレクションが、銃大賛成派OR大反対派の両極なのが多少不満だ。アメリカには「わかっちゃいるけどやめられない」という、優柔不断な中間層はいないのだろうか?
これで確実に分かったことが一つある。それは「危険を煽って得をする人」がいることだ。その集団に「ものの考え方」まで操られるアメリカ人の姿は、我々と無関係ではない。アメリカって怖い、と思うその目で、我々も自分の国を眺めるのもよさそうだ。
蛇足:ム―アの映画サイトでのコメント。「私はアメリカの悪口を言っているように思われているけど、アメリカ人を愛している。彼らは言いたいことをいい、分かり易い。何を考えているか分からない日本人よりずっと理解できる」・・・監督、その日本人が、あなたの映画をこんなに真剣にみてることご存知でしたか?