太陽がいっぱい
太陽がいっぱい
太陽がいっぱいを観た人の感想
地中海の太陽はあまりに眩しすぎた・・・
おそらくクレマン監督の最高傑作といって過言ではない作品であり、世界中の芸術家は
この映像美に賛美を惜しまないであろう作品です。
映画には様々な映像美が存在しますが、この作品は文字通り太陽がいっぱいの地中海を
背景にして、青年トムのある種シンプルな心境が周囲の影響によって、人間としてまさ
に誰もが抱く嫉妬や屈辱を眩しすぎる太陽と対比させ、その平等に降り注ぐということ
によって、トムの悪事すら当然なんだ!と肯定させるようなあやしすぎる美しさを含ん
で表現されています。
最終的に、不本意に芽生えた欲望が次第に現実のものとなってゆく時、それは現実には
一線を越えることが必要であり、すでに風景は美しく写ることもなく、変貌するトムの
姿と同時に刻々と変化する空気感を感じられる、言うなればひとつのドキュメントとし
て観ることができます。
そして、地中海の美しさがスクリーンに戻る時、それはすべてを手に入れた時であり、
あまりにも屈託なくトムが微笑をうかべる時である。その時、やっとすべての屈辱や
嫉妬から開放された、トムの見る地中海の風景があまりにも美しく映し出されるので
ある。
フランス映画屈指の名作
貧しいが頭の回転が速く、野心的な青年リプリーをA.ドロンが圧倒的に美しくかつ残酷に名演しており、勿論原作は名作ではあるが、映画を原作以上に有名にしたのはドロンの圧倒的な存在感とそれを巧く活用した演出、N.ロータの名曲に起因していると思います。フランス映画屈指の名作で、リメイク版は、以上の点でもオリジナルに大きく及ばなかったと思います。
「リプリー」を観ていましたが…
僕は、マット・デイモン主演の1999年の作品「リプリー」を先に観ており、この「リプリー」がリメイク作品である事を知り、そこで初めて「太陽がいっぱい」という映画を知りました。
「太陽がいっぱい」をレンタルして観てみると、公開時から40年近くの年月が経過しているのに古臭さを感じず、どこか妖艶(?)なアラン・ドロン、ニーノ・ロータの切なくやるせないメロディ、そして有名なラストシーン。一度観ただけで「太陽がいっぱい」の虜になりました。
特にリメイク版との”違い”を感じたのは、荒れた洋上での殺人のシーンでした。アンリ・ドカエ(撮影監督)が手掛けた、この洋上での殺人シーンでの、荒れ狂う波に揺れるヨット、洋上にぽつんと残されたトム(アラン・ドロン)、そして臨場感を感じさせる風と波の音。これらはまさに青春の心情の不安定感と青年の孤独感が見事にあらわれていると感じました。古臭さを感じさせなかったのも恐らく才人アンリ・ドカエのおかげだと思います。
もちろん、原作に忠実に描かれたリメイク版の「リプリー」とは違う(結末を変えた)、本作のラストシーンも素晴らしいですし、効果的に挿入されたニーノ・ロータのテーマ曲も良い。またアラン・ドロンの魅力については言うまでもありませんが、マリー・ラフォレのけだるい魅力も忘れられないものになっています。まだご覧になっていない僕と同じ若い方でも、リメイク版を先に観た方でも、きっとこの作品は心に残るものになると思います。
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定価: \3,990 販売価格: \3,120 人気ランキング: 3157位 おすすめ度: 発売日: 2002/10/25 発売元: ジェネオン エンタテインメント 発送可能時期: 通常24時間以内に発送 |
地中海の太陽はあまりに眩しすぎた・・・おそらくクレマン監督の最高傑作といって過言ではない作品であり、世界中の芸術家は
この映像美に賛美を惜しまないであろう作品です。
映画には様々な映像美が存在しますが、この作品は文字通り太陽がいっぱいの地中海を
背景にして、青年トムのある種シンプルな心境が周囲の影響によって、人間としてまさ
に誰もが抱く嫉妬や屈辱を眩しすぎる太陽と対比させ、その平等に降り注ぐということ
によって、トムの悪事すら当然なんだ!と肯定させるようなあやしすぎる美しさを含ん
で表現されています。
最終的に、不本意に芽生えた欲望が次第に現実のものとなってゆく時、それは現実には
一線を越えることが必要であり、すでに風景は美しく写ることもなく、変貌するトムの
姿と同時に刻々と変化する空気感を感じられる、言うなればひとつのドキュメントとし
て観ることができます。
そして、地中海の美しさがスクリーンに戻る時、それはすべてを手に入れた時であり、
あまりにも屈託なくトムが微笑をうかべる時である。その時、やっとすべての屈辱や
嫉妬から開放された、トムの見る地中海の風景があまりにも美しく映し出されるので
ある。
フランス映画屈指の名作貧しいが頭の回転が速く、野心的な青年リプリーをA.ドロンが圧倒的に美しくかつ残酷に名演しており、勿論原作は名作ではあるが、映画を原作以上に有名にしたのはドロンの圧倒的な存在感とそれを巧く活用した演出、N.ロータの名曲に起因していると思います。フランス映画屈指の名作で、リメイク版は、以上の点でもオリジナルに大きく及ばなかったと思います。
「リプリー」を観ていましたが…僕は、マット・デイモン主演の1999年の作品「リプリー」を先に観ており、この「リプリー」がリメイク作品である事を知り、そこで初めて「太陽がいっぱい」という映画を知りました。
「太陽がいっぱい」をレンタルして観てみると、公開時から40年近くの年月が経過しているのに古臭さを感じず、どこか妖艶(?)なアラン・ドロン、ニーノ・ロータの切なくやるせないメロディ、そして有名なラストシーン。一度観ただけで「太陽がいっぱい」の虜になりました。
特にリメイク版との”違い”を感じたのは、荒れた洋上での殺人のシーンでした。アンリ・ドカエ(撮影監督)が手掛けた、この洋上での殺人シーンでの、荒れ狂う波に揺れるヨット、洋上にぽつんと残されたトム(アラン・ドロン)、そして臨場感を感じさせる風と波の音。これらはまさに青春の心情の不安定感と青年の孤独感が見事にあらわれていると感じました。古臭さを感じさせなかったのも恐らく才人アンリ・ドカエのおかげだと思います。
もちろん、原作に忠実に描かれたリメイク版の「リプリー」とは違う(結末を変えた)、本作のラストシーンも素晴らしいですし、効果的に挿入されたニーノ・ロータのテーマ曲も良い。またアラン・ドロンの魅力については言うまでもありませんが、マリー・ラフォレのけだるい魅力も忘れられないものになっています。まだご覧になっていない僕と同じ若い方でも、リメイク版を先に観た方でも、きっとこの作品は心に残るものになると思います。